2010年08月16日

大宮宿 おしまい

宮原駅を過ぎると天神橋跡があり、この付近が天神橋の立場跡です。
やはり川は跡形もなく、道の両側に欄干だけが置かれています。
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さいたま市内では川は埋められ、区画整理も激しいので、昔の地形とはだいぶ変わっているんでしょうね。
左手に橋名の由来となった天満宮があり、その並びに元禄3年(1690)製の庚申塔があります。
手前にあった東大成の庚申塔より古いけど、屋根も案内板もありません。
古ければイイ!というわけではないけど(笑)、同じように青面金剛像・二鶏・三猿が刻まれているのに、細かいディテールが違うのかな?そして、右手に加茂…そ、その前に、ミラー(道路反射鏡)に「注意 大宮市役所」と書かれたプレートがまだ付いています。
大宮市は平成13年(2001)に浦和市・与野市と合併してさいたま市になったけど、昔ここが「大宮市」だった記憶を今に伝えているのかも(笑)。
ミラーを過ぎると今度はホントに加茂神社。
早くもここが浮世絵ポイント@上尾宿の場所なので、15:00大宮宿の旅はこれで終わり。

大宮宿→の所要時間 3時間40分(休憩除いた正味時間 2時間55分)
万歩計Rの歩数 12,376歩
喜多さんの歩数 12,827歩
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2010年08月13日

大宮宿 その15

JR東北・上越新幹線をくぐった辺りに加茂宮一里塚があった。
しかし、この付近も区画整理されているので場所はよく分かりません。
左手の丁字路にポツンと宝暦9年(1759)製の橋供養塔があります。
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福井石橋の跡だけど、川は跡形もありません。
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2010年08月12日

大宮宿 その14

左手に赤い鳥居。
元禄10年(1697)製の東大成(ひがしおおなり)の庚申塔で、祠に「猿田彦大神」の額が掲げてあります。
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地元では“耳の神さん”“眼の神さん”と大事にされ、耳や眼の病気の時には団子を供えるなどしてお参りしたそうです。
猿田彦といえば道の神様なので、おらも中山道の無事を祈ってお参り。ここがやっとおらの浮世絵ポイント@大宮宿。
しかし、大宮宿からだいぶ離れている…。
浦和宿・大宮宿の2宿連続でてっしーと浮世絵ポイントの場所が違うけど、大宮宿はこちらの庚申塔の方がてっしーのより17年古いもんね。(^_^;
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2010年08月10日

大宮宿 その13

東大成小学校入口交差点付近にあるこの石仏たちも、別の場所から移されてきたのかな?と思ったけど、2基がピッタリくっついて並んでいるのではなくて、ビミョ〜に離れているのが気になるところ。
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右側となる馬頭観音は台座の左面に、そして左側の三界万霊(さんがいばんれい)塔は右面に行き先が刻まれているので、石仏たちの間に道があったんでしょうね。

資料の①『中山道分間延絵図』&②明治時代の迅速測図を見ると、①では「原市村道一里程」と記され、②では二叉の追分となって右手に“原市道”が延びています。
菖蒲と騎西は原市を経由してもっと先。
さっきの大山御嶽山道標もそうだけど、区画整理で古道が消滅しても、残された道標が昔ここに道があった記憶を今に伝えているのかも。
さいたま市教育委員会には大切な文化財として、この石仏たちにも案内板を設置してほしいね〜。

ちなみに、八王子通り大山道が神奈川県相模原市緑区橋本で区画整理によって一部消滅しているけど、大山道道標がそのまま取り残されていて、今も住宅地にポツンと建っています。
道標は橋本の棒杭として市登録史跡となっているので、さいたま市もぜひ!
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2010年08月09日

大宮宿 その12

東大成小学校入口交差点から旧道に戻ると、歩道にポツンポツンと石仏2基。
2基とも道標を兼ねています。手前の電柱に隠れている馬頭観音は天保3年(1832)製で、台座の左面に「此方 せうぶ(菖蒲@久喜市)四り半/きさい(騎西@加須市)五り半」と刻まれています。
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少し北に離れてP出入口の脇にある三界万霊(さんがいばんれい)塔は安永6年(1777)製で、右面に「是より東 右原市(原市@上尾市)道」と刻まれています。
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2010年08月04日

大宮宿 その11

東大成小学校入口交差点を左折すると石上(いそのかみ)神社。
こちらも『中山道散策マップ』の写真と違って、赤い鳥居が石造りに変わっています。
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年配の方が3人集まって、何やら相談しているので尋ねると、明日の例祭の準備だって。
本来は4月5日だけど、最近は平日だと人が集まらないので、祭礼日に近い日曜日に行っています。
中山道を歩いていると自慢したら(笑)、昔の中山道周辺は雑木林や荒れ地で、農家も2〜3軒しかなく、ずいぶんのどかだったそうです。
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2010年08月03日

大宮宿 その10

名前のない交差点を右折。
さらに突き当たりを右折すると、道端にポツンと八百姫(やおひめ)大明神。
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人魚の肉を食べて800歳まで生きたとされる八百比丘尼(やおびくに)を祀っています。
しかし、祠だけの神社とは思っていたけど、ガイド・マップ『中山道散策マップ』の写真と比べると、祠が質素になって犬小屋みたい…。
ちょっと気の毒。
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2010年08月02日

大宮宿 その09

旧道に戻って東北本線の第2仲仙道ガードをくぐります。
板橋宿の「仲仙道踏切」以来、2カ所目の「仲仙道」だけど、中山道が開削されて東北本線をくぐる前は「第二仲仙道踏切」だったんですよね?北区となる。
大宮郵便局北交差点にあるココス茶屋のP出入口に安政7年(1860)製の大山御嶽山(みたけさん)道標(安政7年の道しるべ)。
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中山道では板橋宿浦和宿に続く3つ目の大山道道標で、
「大山 御嶽山 よの/引また/かわ越 道」と刻まれています。
往時は隣の赤柴魚店屋との間に古道があり、JRの線路を越えた大成町(おおなりちょう)2丁目にある普門院の東側を通って、与野へと続いていたそうです。
へ〜、古道が消えてしまっても道標が残っているなんて素晴らしい!\(^-^)/
ちなみに、さらに与野から羽根倉の渡しで荒川を越え、引又(志木)に出れば、浦和宿からの府中通り大山道と合流します。
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2010年07月30日

大宮宿 その08

氷川神社の裏は大宮公園なので散策…と思ったら、桜が満開で、花見客がいっぱい。
これで人が多かったんだね。
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氷川神社が桜の名所と知っていたら、ブルーシートを持ってきて昼食は屋台の粉系でもヨカッタな〜。
女子トイレの行列はコンサートや高速のSAなどで見慣れているけど、男子トイレも行列で大変!(◎o◎)
雑踏の中に青木昆陽之碑。
埼玉県の特産品となったサツマイモの栽培を普及させ、県民の生活が閏うように努力した業績が称えられました。せっかく桜が満開なので、缶コーヒーを買って、桜を愛でながら10分ほどホッと一息。
午前中は寒かったけど、午後になったら晴れてきたので、暖かくなりました。
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2010年07月29日

大宮宿 その07

しかし、こんなところで御朱印の文句を言うのも何だけど、氷川神社は一宮&旧官幣大社で格式が高い神社なのに、筆ペン…ガクッ。 
朝立ち寄った調(つき)神社では、御朱印をお願いしたらさっそく墨を擦り始めてくれたというのに…。
氷川神社が普段から御朱印を筆ペンで書いているとは思えないので、ハズレの方に当たってしまったのかな?
おらは神社が好きで御朱印をいただいて喜んでいるけど、信仰心はありません。
今流行っているスピリチュアリティも感じません。
神社だってサービス業なんだから、客に対してサービスのムラがないように、神社に従事する方にはぜひ毛筆を習ってほしいね〜。
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しかし、「サービスのムラがないように」といっても、おみくじを全て大吉にしろ!ということではありません(笑)。
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