2012年09月21日

本庄宿 おしまい

さらに蛇行した旧道を進んで、17:55神保原駅の入口となる丁字路で本日の旅は終わり。
何の変哲もない丁字路…ってゆーか、神保原村道路元標が電柱に寄り添うように建っています。
喜多さんの1人が、仕事の関係でスケジュール合わせが難しくなったということで、残念ながら今回の旅で最後。
お疲れさまでした&今までありがとう。
食べ損なったお八つ:笹屋製菓舗屋のくわつみ饅頭は電車の中でいただきました。
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本庄宿→の所要時間 3時間05分
万歩計Rの歩数 13,550歩
喜多さんの歩数 12,117歩
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2012年09月11日

本庄宿 その16

蛇行した旧道を進むと上里町。
「上里」というと、つい思い浮かぶのは関越自動車道の上里SAです。
群馬・新潟方面にスキーに行く時、よく利用したな〜。
懐かし〜。

左手にモッコリと町指定文化財浅間山古墳があります。
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円墳の中腹に祠の浅間神社が鎮座しています。
その横に横穴があるのでのぞいてみると、石室の入口に土嚢が積まれています。
石組みがキレイ。

はす向かいに泪橋跡があります。
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助郷制度が苛酷で、この付近の住民が石神村にあった泪橋に憩って、家族を偲び、身の儚さを嘆じて、涙したそうです。
欄干の幅を見ると、ずいぶん細い小川のようなので、そんな小っちゃい橋のたもとに村人が集って涙している図は、ホントに人生って儚いという気持ちになってむ…。
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2012年09月07日

本庄宿 その15

旧道部分は短くて、すぐ県道392号に合流。
くりたストアー屋でPET茶をお買い物。
丁字路の角に馬頭観音があります。
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「交通安全」と刻まれているのでよく見ると、平成7年(1995)製で新しい!
普段目にするものは江戸時代に作られたものばかりだけど、交通事故でもあったのかな?
合掌。

ケーズデンキ屋のある名前のない交差点から万年寺
ケーズデンキ屋を過ぎた筋違いの十字路が追分です。
右は三国街道で、例幣使街道の玉村宿を経由して渋川宿で高崎宿からの三国街道と合流します。
左は児玉宿や藤岡市の鬼石(おにし)宿に通じる旧道です。
この追分に万年寺一里塚があったけど、案内板も標柱もありません。
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2012年08月30日

本庄宿 その14

千代田3丁目交差点を右折するとR462は枡形になっていて、すぐ左折します。
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今度は旧道らしい道幅でイイ感じ。
ふとマンホールを見ると、魚が描かれています。
巣も描かれているので、水草で巣を作って子育てをするムサシトミヨだ!
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世界で熊谷市にしか生息していない絶滅危惧種で、県指定天然記念物になっているけど、昔は本庄市内にも生息していたんだね。
さっきの安養院が“若泉の荘”と呼ばれていたように、あちこちで若泉がボコボコと湧いていれば、ムサシトミヨも安心して棲めるんだけどね〜。
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2012年08月03日

本庄宿 その13

金鑚神社を出ると千代田3丁目交差点に中山道本庄宿碑があります。
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交差点を右折するとR462。
歩道には中山道六十九次の宿場…ってゆーか、日本橋から草津までのプレートがはめ込んであり、埼玉県内にある宿場だけが浮世絵になっています。
う〜む、予算が余ったの?
『中山道分間延絵図』では、ちょうど交差点を右折したR462の辺りに木戸があり、これで本庄宿はおしまい。一方、交差点を左折すると藤岡道。
女街道(姫街道)とも呼ばれている脇往還です。
藤岡・富岡・下仁田を経由して、和美峠を越えて、沓掛宿の借宿で中山道と合流します。
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2012年07月26日

本庄宿 その12

鬱蒼とした社叢の中に金鑚(かなさな)神社があります。
鳥居の足下に、本庄新八景「本庄まつりと金鑚神社」と、ほんじょうかるた「総鎮守金鑚神社の神迎え」が建っています。
境内に入ってすぐ目につくのが、ご神木の金鑚神社のクスノキ。
県指定天然記念物。
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寛永16年(1639)小笠原信嶺の孫:忠貴が社殿改修の際に献木したものです。

本社は神川町に鎮座する式内社&武蔵国二宮の金鑚神社で、その遥拝宮として創建されました。
神川町の本社は御獄山をご神体としているので本殿がないけど、こちらの社は本殿と拝殿を弊殿でつないだ権現造りの社殿が建っています。
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この権現造りの本庄金鑚神社の社殿は市指定文化財で、本殿は享保9年(1724)、拝殿は安永7年(1778)、弊殿は嘉永3年(1850)に再建されたものです。
極彩色の彫刻がキレイ。

本庄金鑚神社の大門も市指定文化財で、見事な彫刻が施されています。
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その他に、カヤ・金鑚神楽本庄組・ご神木のクスノキを植えた小笠原忠貴建立祈願文などが市指定文化財で、おがいっぱ〜い。

予定では境内でお八つにしようと思っていたけど、ベンチがないのであきらめ…ってゆーか、それ以前にまだお腹ポンポコリン。
恐るべし、六助うどん。(^_^;
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2012年07月18日

本庄宿 その11

安養院の本堂の奥…ってゆーか、道を1本挟んだ普寛霊場に木喰普寛上人のがあり、市指定史跡になっています。
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享和元年(1801)故郷の秩父へ行く途中、本庄宿の米屋弥兵衛宅で入寂しました。
歴史民俗資料館で見た本庄宿の地図に「普寛上人入滅地」が載っていたけど、中山道を挟んでちょうど安養院の向かい。

市立図書館を過ぎたら高橋整形外科の角の路地を入ります。
駐車場にある猿田彦大神を横目に、明治8年(1875)創業の笹屋製菓舗(千代田1-3-21)屋に立ち寄ります。
本庄市を代表するお菓子:くわつみ饅頭をお八つとして購入。
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2012年07月17日

本庄宿 その10

中央3丁目交差点から1本目の路地に安養院があります。
本庄新八景「若泉の霊域 安養院」&ほんじょうかるた「羅漢様鎮座まします安養院」が建っています。
文明7年(1475)児玉党の一族・本庄雪茂の創建。

元は現在地より南西にある当時の富田村に、「安入庵」という名で営んだのがはじまりです。
しかし、水不足に悩まされたため、土地を探したところ、現在の地を発見して、安養院を開基したとあります。
その後は水不足に悩まされることもなく、周辺の人々から“若泉の荘”と呼ばれるようになったそうです。
安養院本堂・山門及び総門が市指定文化財だけど、山門だけ解体工事中なのが残念。
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2012年07月13日

本庄宿 その09

市立歴史民俗資料館は明治16年(1883)に建てられた旧本庄警察署で、なかなかハイカラ。
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本庄市は古墳が多いようで、館内に多くの埴輪が展示してあります。
2階には本庄城祉推定図や本庄宿の地図が飾ってあります。
本庄宿の地図を眺めると、うへ〜!本庄駅入口交差点を過ぎた辺りが田村本陣跡&内田本陣跡じゃん!
案内板や標柱はなかったと思うけど、を差して歩いていたので、集中力が落ちていたのかな?
フツーに通り過ぎ…ってゆーか、本庄新八景やほんじょうかるたの石碑を建てているんだから、宿場施設の案内板や標柱も設置してほしいね〜。(T-T)
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2012年07月12日

本庄宿 その08

中央1丁目交差点から2本目の路地に県指定文化財の市立歴史民俗資料館&市指定文化財の田村本陣の門があります。
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門の横に本庄新八景「旧本庄警察と田村本陣の門」&ほんじょうかるた「皇女和宮を誘う田村門」「明治の香り歴史民族資料館」が並んでいます。
田村本陣には文久元年(1861)降嫁のために下向した和宮が宿泊しています。
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