2018年08月12日

坂本宿 その12

旧旅籠かぎや(鍵屋)跡はいつ頃の建物なのか?分からないけど、宿場の風情が残っていてイイね!
高崎藩で納戸役鍵番を勤めていた武井家の祖先が坂本宿に移住して旅籠を営むことになり、役職にちなんだ「かぎや」と屋号を付けたそうです。
屋根看板が残っていてなかなかイイけど、屋根を見ると鬼瓦に「かぎや」の屋号が表示されているので面白い。
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2018年08月11日

坂本宿 その11

佐藤本陣跡の並びにみよがや(茗荷屋)脇本陣跡があります。
そして、はす向かいに永井脇本陣跡、現在坂本公民館となっている酒屋脇本陣跡、旧旅籠かぎや(鍵屋)跡が並んでいます。
酒屋脇本陣跡の前には中山道坂本宿屋号一覧が立っています。
あ!横川駅前のおぎのや(荻野屋)が坂本宿の出身というので、故地の写真を撮ろうと思っていたけど、ありゃもうぎちゃった…。
ガ━(゚Д゚;)━ ン !!!
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2018年06月18日

坂本宿 その10

左手に佐藤本陣跡があります。
上の本陣とも呼ばれていました。
明治8年(1875)坂本小学校の仮校舎にあてられ、坂本小学校発祥の地でもあります。
後年佐藤家は移住して、現在の建物は明治34年(1901)にお隣の小竹屋の分家として建てられたものです。
明治の建物なので「上州櫓」と呼ばれる高窓が付いています。
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2018年06月16日

坂本宿 その09

坂本宿はほとんどの民家の軒下に屋号を掲げてあり、案内板も充実しているので印象がイイ。
まずは右手に武井九夏誕生の地こんどうや(近藤屋)があります。
そして左手に金井本陣跡。
下の本陣とも呼ばれ、文久元年(1861)公武合体で降嫁のために下向した和宮が宿泊しています。
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しかし、本陣跡の案内板が金井家の敷地の中にあるけど、往時の建物が残っているわけでもないので、案内板は敷地の外に設置した方がイイんじゃないの?
また右手に中村碓嶺誕生の地旧旅籠中村屋があります。
郷土の俳人で、近藤屋の九夏は碓嶺の弟子でした。
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2018年05月08日

坂本宿 その08

坂本宿は何もなかったところに新設された宿場町で、碓氷関所が関長原から横川に移された元和9年(1623)の後、寛永2年(1625)に完成。
計画都市として整然と町割が行われ、宿場施設を除く一般家屋の間口が7間と3間半と決められていました。
英泉の浮世絵のように、往時は道の中央には用水が流れていたけど、現在は道の左側に移されています。
坂本宿が新設される前の初期中山道が、どんなルートだったのか気になるところです。
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2018年04月16日

坂本宿 その07

薬師坂を上りきると再び国道18号とコンニチハ。
緩やかな上り坂。
近々祭りがあるらしく、白髭神社の入口や水神に提灯が掲げてあります。
上信越自動車道をくぐって300mほどで下木戸跡があり、ここから坂本宿。
東海道平塚宿の高麗山(こまやま)のように、お椀を伏せたような刎石山(はねいしやま)が正面にデ〜ンとそそり立っています。
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ここが浮世絵ポイント@坂本宿。
浮世絵ポイントが久しぶりに中山道のアイドル:てっしー(勅使川原郁恵)と同じ場所黒ハート
帰宅後これまた久しぶりにNHK「街道てくてく旅」のサイトを見に行ったら、何と!ホームページがなくぬゎっていりゅ!

ガ━━━(゚Д゚;)━━━ ン !!!

これからもうてっしーの浮世絵ポイントがどこなのか分からない…。
中山道歩きの楽しみが1つなくなってしまった…。il||li _| ̄|◯ il||l
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2018年02月23日

坂本宿 その06

霧積橋を渡ると国道18号は左カーブするけど、旧道は真っ直ぐ進んで薬師坂。
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坂名の元となった薬師堂にはピンク色の秋海棠が咲いています。
癒される。
往時の薬師坂は、薬師堂近くの清水が湧き出るところに心太(ところてん)が人気の茶屋があり、心太坂と呼ばれていたそうです。
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2018年01月12日

坂本宿 その05

関所跡を出ると下り坂。
アプト線をくぐって国道18号に合流。
後方で物音がするので振り返ると、アプト線にトロッコ列車が走っている。
駅からハイキングのハイカーたちが乗っているんだろうね。
イイな〜。
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碓氷川の支流霧積川に架かる霧積橋を渡る。
往時はもう少し上流に川久保橋が架かっていたそうだけど、霧積橋から見下ろすと、霧積川はずいぶん下の方で流れている。
この坂を上り下りするのは大変だったろうね〜。
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2017年11月18日

坂本宿 その04

碓氷峠に関所が設置されたのは古く、昌泰2年(899)に上野国の碓氷関と相模国の足柄関が設置されています。
その後は廃止&設置を繰り返し、近世の関所としては、文禄元年(1592)伊奈忠次&大久保長安によって設置されました。
松井田宿の巻で述べたけど、関長原にあった碓氷関所が現在の場所に設置されたのは元和9年(1623)。
忠次&長安が最初に設置した碓氷関所というのは、関長原の関所でしょう。

さて、碓氷関所跡の石段を上ったところに建っている門は昭和34年(1959)に復元された東門で、建っている場所は当時の番所跡。
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元々は関所跡の前にある駐車場で、↑標柱が立っている場所↑に建っていたものです。
東海道の箱根関所や新居関所に比べると規模が小さく感じるけど、「入鉄砲に出女」の取り締まりは厳しかったみたい。
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2017年09月10日

坂本宿 その03

横川の集落が終わる頃に碓氷関所跡東門の位置と書かれた標柱が立ち、その先の石段を上ると碓氷関所跡があります。
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関所ってのは街道を通せんぼする形で建っている施設だけど、東海道の箱根や新居に比べるとずいぶんこぢんまりしています。
中山道には人がいなかったのに、さすが関所で足止めを食らった人々で込んでいます(笑)。
今日は駅ハイというイベントがあるためなのか?ガイドの方が碓氷関所の説明をしてくれています。
LUCKY!\(^-^)/
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