2017年01月03日

松井田宿 その26

国道18号に合流して小山沢橋を渡ります。
眼下の小山沢は険しい谷になってるけど、『中山道分間延絵図』によると、小山沢の前後が坂道なので、往時の小山沢橋は谷の下の川面近くに架けられていたんでしょう。
往来が大変。
小山沢交差点で再び左に旧道。
左手に妙義道道標。
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彫りが浅くて読みづらいけど「□めうぎ道」と刻まれています。
国道に合流する手前に百合若大臣の足痕石。
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百合若大臣という伝説の人物が弓を射る時に踏ん張ったら凹んじゃったという気の毒な石(笑)。
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2016年12月30日

松井田宿 その25

高墓踏切を渡り、国道18号を少し戻って旧道に入ります。
入口に旧中山道標識が立っています。
ちょうどみかん電車が走ってきたので、喜多さんが写っている写真を採用(笑)。
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ということで、臼井の集落。
昔なら碓氷郡臼井村で、おなじうすいなのに、漢字表記が違うのは何故?
臼井小学校を過ぎると菊が咲いています。
撮影していたら、萩さんと地元の方と花談義になって、おらはチンプンカンプン。
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2016年12月22日

松井田宿 その24

線路沿いの迂回路を進むと村社碓氷神社。
両部鳥居が立派。
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碓氷峠の熊野神社を分祀した社で、熊野神社の里宮。
案内板によると、建久年間(1190〜99)に源頼朝が立ち寄り、境内に御所を置いたので「御所平」という地名になりました。
へ〜、さっきの松井田八幡宮に源頼朝が建久8年(1197)に立ち寄ったとあったので、同じ年のことなんだろうね。案内板の横に石柱が倒れている…ってゆーか、道標が大きな石の上にうつ伏せの状態で置かれています。
昭和2年(1927)製で、正面に「北 碓氷神社ヨリ 東 立野/西 高墓」、左面に「松井田停車場一里/妙義町ヘ一里二丁」と刻まれています。熊谷宿で、教育委員会に道標の問い合わせをしたところ、久下権八公園に倒れた道標があったんだけど、嬉しいことに、その後立て直してくれました。
しかし、この道標は安中市に問い合わせてはいないので、これからもずっとうつ伏せのままなんだろうな。
気の毒なので、碓氷神社道標と名付けて、忘れないでいよう。
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2016年11月26日

松井田宿 その23

一度下ったのにまた上って梨子木(なしのき)の集落。
往時は立場でした。
梨子木は峠道なので立場だったんでしょう。
民家が途切れると急な下り坂…ってゆーか、転げ落ちるような梨子木坂。
イイ景色だな〜と、しみじみと下ると線路沿いに出ます。
本来は「第12中仙道踏切」を渡って国道を横切り、向かいの臼井の集落を進むはずなのに、今は踏切はな…あれ?踏切があるじゃんと思ったら、御所平(上り)踏切で、(下り)踏切ってのはない!
えー!やはり残念ながら国道には出られない…ガクッ。
しかし、畑の所有者専用の踏切?なんて、初めて見ました。
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2016年11月03日

松井田宿 その22

峠を下るとのどかでイイ感じ。
道は車を通すように開削されてはいるけど、往時からあまり変わってないんじゃないの?と思われる風景です。
紅葉が終わった12月なのでちょっと寂しい雰囲気だけど、梅や彼岸花が植えられているので、2月や9月は華やかだろうね。
しかし、12月なのにタンポポがいています。(+_+)
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2016年10月30日

松井田宿 その21

旧道に戻ります。
信越本線にぶつかると、線路の先に旧道が延びています。
ありゃ、榎踏切だって。
緑の中山道標識もあります。
信越本線開業当時は榎踏切のすぐ手前に第11中仙道踏切があったんだろうね。
踏切を渡ると急な上りの丸山坂。
眺めがイイ。
石仏群を横目に上ると、峠に赤いちゃんちゃんこを着たお地蔵さま2体。
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右の背の高いお地蔵さまが夜泣き地蔵です。
左側のお地蔵さまは頭の部分に丸い石が載っているけど、ホントの頭は足元に転がっているのでかなり不気味
そして、テーブルのような茶釜石。
茶釜石の上には小さな石が載っているけど、多くの旅人が叩いているようで、粉まみれになっています。
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2016年10月29日

松井田宿 その20

五料の茶屋本陣ではお西とお東との間に東屋の休憩所があります。
ポットが置いてあるのでお茶がいただけます♪
せっかくなので、本日の出発前に立ち寄った「たわらや」で購入した菜っぱ饅頭と酒まんじゅうをいただきます。
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休憩含めて55分の滞在。
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2016年10月25日

松井田宿 その19

五料の茶屋本陣はお西に続いてお東。
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お東は明治天皇の小休所にならなかった分、お西よりも江戸時代の様式を残しています。
2階が出っ張っている出し梁だったり、馬屋があったり、天井が竹床だったり、お西とビミョ〜に違います。
しかし、お東も玄関開けたら2秒でおフロ
明治天皇が休まなかっただけで、ちゃんと上段の間もあります。
こちらは縁側の景色がイイよ〜。
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2016年10月08日

松井田宿 その18

五料の茶屋本陣お西
あれ?『中山道分間延絵図』の解説篇に載っている「上州櫓」と呼ばれる高窓がない!
受付で尋ねると、高窓は明治時代に盛んだった養蚕のための換気用の窓で、お西もお東も養蚕をしていたので以前は高窓があったけど、天保期に再建された当時の様式に復元修理したので、高窓はなくなりました。
ただし、お西は明治11年(1878)明治天皇の北陸東海行幸の際に小休所となり、その時に改修した部分はそのまま残されています。
玄関を入るとすぐ風呂。
おらは普段風呂先なので、「玄関開けたら2秒でおフロ」なんて理想的だね♪
上段の間や2階を見学します。
庭園がキレイ。
正面に妙義山が見えてなかなかの景色。
お殿さまも明治天皇もこの風景を眺めながらお茶を飲んだんだね〜。
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2016年10月07日

松井田宿 その17

右手の路地に高札場跡の案内板。
その先のお東踏切を渡ると五料の茶屋本陣があります。
茶屋本陣があるということは、五料は間の宿なんだね。
お!旅人の集団が間近に迫ってる。
混雑するので早く入らなくちゃ。
受付のあるお西へGO!五料の茶屋本陣は敷地内に2軒あり、どちらも中島家で、本家がお西・分家がお東と呼ばれています。
お西は代々名主を務めていましたが、天保7年(1836)から明治5年(1872)までは、お西・お東が1年交代で名主を務めました。
現在の建物は、両家とも文化3年(1806)の大火で焼失し、その年に再建されたものです。
寄贈された年代が違うためなのか?お西・お東それぞれが県指定史跡となっています。
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(五料の茶屋本陣お西)
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