2016年12月22日

松井田宿 その24

線路沿いの迂回路を進むと村社碓氷神社。
両部鳥居が立派。
画像
碓氷峠の熊野神社を分祀した社で、熊野神社の里宮。
案内板によると、建久年間(1190〜99)に源頼朝が立ち寄り、境内に御所を置いたので「御所平」という地名になりました。
へ〜、さっきの松井田八幡宮に源頼朝が建久8年(1197)に立ち寄ったとあったので、同じ年のことなんだろうね。案内板の横に石柱が倒れている…ってゆーか、道標が大きな石の上にうつ伏せの状態で置かれています。
昭和2年(1927)製で、正面に「北 碓氷神社ヨリ 東 立野/西 高墓」、左面に「松井田停車場一里/妙義町ヘ一里二丁」と刻まれています。熊谷宿で、教育委員会に道標の問い合わせをしたところ、久下権八公園に倒れた道標があったんだけど、嬉しいことに、その後立て直してくれました。
しかし、この道標は安中市に問い合わせてはいないので、これからもずっとうつ伏せのままなんだろうな。
気の毒なので、碓氷神社道標と名付けて、忘れないでいよう。
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 16松井田宿

2016年11月26日

松井田宿 その23

一度下ったのにまた上って梨子木(なしのき)の集落。
往時は立場でした。
梨子木は峠道なので立場だったんでしょう。
民家が途切れると急な下り坂…ってゆーか、転げ落ちるような梨子木坂。
イイ景色だな〜と、しみじみと下ると線路沿いに出ます。
本来は「第12中仙道踏切」を渡って国道を横切り、向かいの臼井の集落を進むはずなのに、今は踏切はな…あれ?踏切があるじゃんと思ったら、御所平(上り)踏切で、(下り)踏切ってのはない!
えー!やはり残念ながら国道には出られない…ガクッ。
しかし、畑の所有者専用の踏切?なんて、初めて見ました。
画像
posted by とらぞう | Comment(2) | TrackBack(0) | 16松井田宿

2016年11月03日

松井田宿 その22

峠を下るとのどかでイイ感じ。
道は車を通すように開削されてはいるけど、往時からあまり変わってないんじゃないの?と思われる風景です。
紅葉が終わった12月なのでちょっと寂しい雰囲気だけど、梅や彼岸花が植えられているので、2月や9月は華やかだろうね。
しかし、12月なのにタンポポがいています。(+_+)
画像
posted by とらぞう | Comment(2) | TrackBack(0) | 16松井田宿

2016年10月30日

松井田宿 その21

旧道に戻ります。
信越本線にぶつかると、線路の先に旧道が延びています。
ありゃ、榎踏切だって。
緑の中山道標識もあります。
信越本線開業当時は榎踏切のすぐ手前に第11中仙道踏切があったんだろうね。
踏切を渡ると急な上りの丸山坂。
眺めがイイ。
石仏群を横目に上ると、峠に赤いちゃんちゃんこを着たお地蔵さま2体。
画像
右の背の高いお地蔵さまが夜泣き地蔵です。
左側のお地蔵さまは頭の部分に丸い石が載っているけど、ホントの頭は足元に転がっているのでかなり不気味
そして、テーブルのような茶釜石。
茶釜石の上には小さな石が載っているけど、多くの旅人が叩いているようで、粉まみれになっています。
posted by とらぞう | Comment(2) | TrackBack(0) | 16松井田宿

2016年10月29日

松井田宿 その20

五料の茶屋本陣ではお西とお東との間に東屋の休憩所があります。
ポットが置いてあるのでお茶がいただけます♪
せっかくなので、本日の出発前に立ち寄った「たわらや」で購入した菜っぱ饅頭と酒まんじゅうをいただきます。
画像
休憩含めて55分の滞在。
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 16松井田宿

2016年10月25日

松井田宿 その19

五料の茶屋本陣はお西に続いてお東。
画像
お東は明治天皇の小休所にならなかった分、お西よりも江戸時代の様式を残しています。
2階が出っ張っている出し梁だったり、馬屋があったり、天井が竹床だったり、お西とビミョ〜に違います。
しかし、お東も玄関開けたら2秒でおフロ
明治天皇が休まなかっただけで、ちゃんと上段の間もあります。
こちらは縁側の景色がイイよ〜。
posted by とらぞう | Comment(2) | TrackBack(0) | 16松井田宿

2016年10月08日

松井田宿 その18

五料の茶屋本陣お西
あれ?『中山道分間延絵図』の解説篇に載っている「上州櫓」と呼ばれる高窓がない!
受付で尋ねると、高窓は明治時代に盛んだった養蚕のための換気用の窓で、お西もお東も養蚕をしていたので以前は高窓があったけど、天保期に再建された当時の様式に復元修理したので、高窓はなくなりました。
ただし、お西は明治11年(1878)明治天皇の北陸東海行幸の際に小休所となり、その時に改修した部分はそのまま残されています。
玄関を入るとすぐ風呂。
おらは普段風呂先なので、「玄関開けたら2秒でおフロ」なんて理想的だね♪
上段の間や2階を見学します。
庭園がキレイ。
正面に妙義山が見えてなかなかの景色。
お殿さまも明治天皇もこの風景を眺めながらお茶を飲んだんだね〜。
画像
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 16松井田宿

2016年10月07日

松井田宿 その17

右手の路地に高札場跡の案内板。
その先のお東踏切を渡ると五料の茶屋本陣があります。
茶屋本陣があるということは、五料は間の宿なんだね。
お!旅人の集団が間近に迫ってる。
混雑するので早く入らなくちゃ。
受付のあるお西へGO!五料の茶屋本陣は敷地内に2軒あり、どちらも中島家で、本家がお西・分家がお東と呼ばれています。
お西は代々名主を務めていましたが、天保7年(1836)から明治5年(1872)までは、お西・お東が1年交代で名主を務めました。
現在の建物は、両家とも文化3年(1806)の大火で焼失し、その年に再建されたものです。
寄贈された年代が違うためなのか?お西・お東それぞれが県指定史跡となっています。
画像
(五料の茶屋本陣お西)
posted by とらぞう | Comment(2) | TrackBack(0) | 16松井田宿

2016年10月05日

松井田宿 その16

迂回路を進んで丁字路を左折すると、製糸踏切から崖を下って松の木坂を上ってきた旧道と合流。
今度は国道18号で分断されます。
この先の交差点まで迂回しなくちゃいけないと思ったら、旧中山道の標識があり、ガードレールが途切れています。
う〜む、これは国道を横切ってイイ!ということなのかな?
ということで、って渡るっ!
よい子は真似しないで!(^-^;
画像
(国道18号の向こうに旧道が)
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 16松井田宿

2016年10月02日

松井田宿 その15

迂回路と平行して走る線路の先は崖で、視界が開けています。
渡る踏切が思いがけず第10中仙道踏切。
往時は崖の斜面を通行していても、信越本線が開業した明治18年(1885)には、この踏切を通る街道が中山道と認識されていたんだよね?
さて、金剛寺に立ち寄る予定だったけど、道端に標識がなく、入口が分からず素通りしてしまいました。ふと気がつくと、おらたちの後ろに旅人の集団が。
いつものことだけど、いずれ追い越されちゃうんだよね。
湘南電車が走ってきたので、みんなでパチリ。
画像
posted by とらぞう | Comment(0) | TrackBack(0) | 16松井田宿
Powered by さくらのブログ
Copyright (C) ブログ 1日中、山道。, All Rights Reserved.